愚者の贈り物

3年前にmixiで書いた文章です。
使っている時事ネタは、ちょっと古くなっていますが、名作は年月を経ても色褪せないもの。
心あたたまるクリスマスストーリーをあなたに!

愚者の贈り物

皆さんもご存じの、「賢者の贈り物」と名づけられたО.ヘンリーの名作があります。
ある貧しく若い夫婦のクリスマス・イヴの出来事を描いたものです。Wikipediaから粗筋を拝借しますと、

貧しい夫妻が相手にクリスマスプレゼントを買うお金を工面しようとする。
妻のデラは、夫のジムが祖父と父から受け継いで大切にしている金の懐中時計を吊るす鎖を買うために、自慢の髪を切って売ってしまう。
一方、夫のジムはデラが欲しがっていた鼈甲の櫛を買うために、自慢の時計を質に入れていた。
物語の結末で、この一見愚かな行き違いは、しかし、最も賢明な行為であったと結ばれている。

てな感じのストーリーです。
最後ジムは、

「ねえデラ。もうしばらく僕たちのクリスマスプレゼントには、手をつけずにおこう。今すぐ使ってしまうには、ちょっと上等すぎると思うんだ。君の櫛を買おうと思って、僕の方は時計を売ってしまったんだよ。あ、そうだ。そろそろチョップを火にかけたほうがいいんじゃないかな?」(拙訳)

なんて粋なセリフで結んでいます。貧しさの中に灯る一本のロウソクのように暖かい思いやりが二人の仲むつまじさを感じさせ、「いますぐ使うには上等すぎるよ」というセリフが、白く積もった雪の眩しい真っ青に晴れたクリスマスの朝のように明るい二人の未来を暗示しています。名作たるゆえんです。

しかし、この物語にはどうしても気になる一点が。

「物語の結末で、この一見愚かな行き違いは、しかし、最も賢明な行為であったと結ばれている。」

この部分です。作者に逆らうのは何ですが、「最も賢明な行為であった」というのは私は間違いだと思うのです。
これは行為が賢明だったのではなく、夫婦が賢明だったのです。
そうでないと、こんなハッピーエンドありえません。
それを証明するため、寓話を一つ試みましょう。


「愚者の贈り物」

極東の格差社会、ジャポンという島国にある金持ちの夫婦が住んでいました。

夫は神武といい、高校中退でしたが、持ち前の暴走族根性で、経済アナリストにも市場の噂にも一切耳を傾けず、ただただ安い株を買い高くなったら売るという単純作業を繰り返した結果、人口の1パーセントが属する富裕層に食い込むことに成功したトレーダーでした。
どんなに有利な状況でもビビって思い切った買いや売りに踏み切れない一般投資家よりも、ただ確率論的に動くサイコパスの方が株取り引きには向いていると言います。彼は、サイコパスではありませんでしたが、自分の男気以外を信じない彼が、株に強かった理屈はサイコパスが株に強い理屈と同じです。彼は、素晴らしい度胸の持ち主でした。

妻の寺は、プライドの高い才媛でした。高学歴の父が短大卒の母を馬鹿にしてDVを繰り返す家庭に育ったため、女が身を守るにはしっかり勉強するしかないと思い、学歴の鎧を身にまとい、理論武装することで自分を確立してきたのです。
留学経験もある彼女は英語がペラペラ。外国人と話すときはもちろん英語。日本人と話す時でも、外来語は本場の発音で披露します。

二人は、寺の勤める証券会社のパーティーで知り合いました。
二人はそれぞれ惹かれあいます。神武は寺の華やかな経歴と知的な雰囲気に、寺は神武の型にはまらないところと男らしさに。そして、瞬く間に恋に落ちました。
二人はごく自然の流れで将来を近いあいました。なぜって、二人はそれぞれ育ってきた環境が違うのに、こうして出会ったのですもの。これを運命と呼ばずになんと呼びましょう?

さて、ジャポンの伝統として、二人が結婚するには親の承認が必要です。
神武の家庭は崩壊していたので問題ありませんでしたが、寺の両親夫婦はDVで深く結びついていたため健在でした。そのため、寺の父親は二人の結婚に猛反対しました。これが神武の暴走族根性と、寺のプライドに火をつけたわけだ。恋って障害があったほうが盛り上がるのよ。あれよあれよの内に、二人はロミオとジュリエットのつもりになりました。

「Oh Romeo!どうしてあなたはRomeoなの?」

「おう、呪裏獲屠!お前はなんで呪裏獲屠なんだ!!!」

寺パパの反対を押し切って二人は結婚。晴れて夫婦です。
式はそりゃあ盛大だったなあ。デカイ男に憧れる神武が男気を見せ、寺の両親にも一応招待状を出してみようと提案したので、二人はそうしました。
ちょうどその頃、ホリエモンが世間を騒がしていましたので、寺のパパは、神武のことをすっかり見直してました。一部上場企業でそこそこ出世していた寺のパパは、将来的に有力なコネクションになるかも知れないしと思い、出席に○をつけました。それでも決まりが悪いので、式の終了後寺のパパは、


「最初は反対もしたが、それは娘を案じるあまりだ。若気の至りってことも考えられるからな。でも君が誠実な青年であることはよくわかった。娘をよろしく頼む」

とだけ、神武に言っておきましたとさ。

さて、二人はマンションを買い、一緒に暮らし始めました。二人は、本当に愛し合っていました。愛さえあればうまく行く。二人は本気でそう思っていました。

二人は、それぞれの方法で、お互いに愛を示そうとしました。
二人とも自分の持っている一番良いものをあげようと思ったのです。
寺の場合、それは知性でした。
神武が新聞など読んでて知らない漢字のある時は、寺が横から顔をのぞかせ、神武に懇切丁寧に説明してあげます。例えば、「胡錦濤」という漢字を指し、
「この漢字はね、コキントウって読むのよ。中国の主席なの。日本で一番偉い人は首相だけど、中国では主席っていうのよ」
と、教えてあげるのです。解説を聞きながら神武は、なんて知的で素晴らしい妻だろうと満足しました。
しかしある日、二人でテレビを見ていた時のことです。神武は寺にいつものように質問しました。

「こいつの名前はなんていうんだ?」

「え!?トニー・ブレア首相よ!?本当に知らなかったの!?」

この「え!?」が、最近株がうまくいかなくなり始めて気が立っていた神武を怒らせました。

「知らなくて悪かったな。俺はなあ、そんなこと知らなくもお前の何倍も稼いでいるんだ!ちょっとばかり勉強ができるからって馬鹿にしやがって!」

と、言って寺をボコボコにしてしまったのです。顔の腫れ上がった寺は、翌日会社を休まなければいけなかったほど、暴力は凄まじいものでした。

寺はショックでした。
なんで学歴も教養もあるこの私が、こんな野蛮な暴力に晒されなくてはいけないの?ってね。
恋に燃え上がってきる時は相手を美化しているものだし、お互い相手の抱くその美化された像に応えようとしますから、悪いところは見えないものですが、結婚して初めて、相手の人となりを見せ付けられてしまうのです。

さて、さすがの神武も後悔しました。
神武は、本当に寺を愛していましたから、その愛を示そうと、寺と同じく自分の持ってる一番大切なものをプレゼントしようと思いました。
神武の一番大事なものは、資本でもあり、利益でもあるお金でした。このお金のお陰で、学歴もコネもない彼はここまでのし上がってきたのです。

とは言え、彼もさすがに、現ナマをそのままプレゼントするほど無粋ではありません。食事に行くと見せかけて、思いっきり金をかけた東京湾クルーズをサプライズでプレゼントすることにしました。
彼はよくこの手段を使いましたが、今まで感動しなかった女はいない鉄板のプレゼントなのでした。ただ、彼女への愛が本物であることを示すため、いつもの10倍の500万円という大金をかけて準備しました。

「おい、メシに出かけるっぺ」

「……」

「おい、出かけるって言ってるんだ。早く支度しろよ」

「嫌よ」

「嫌よじゃねえよ。俺が行くって言ってるんだから、オメェは着いてくりゃいいんだよ」

「あなたっていっつもそう。本当に自分勝手ね。私がこんな顔で出かけられると思ってるの?」

「いいから行くっつってんだろ!」

「絶対嫌!一人で行けばいいでしょ!」

「なんだとこのクソアマー!」

神武は東京湾クルーズどころか、また寺をしばいてしまいました。
とうとう寺は、
「もうこんな生活嫌!離婚よ!同級生の弁護士に頼んで慰謝料はたっぷりいただくからね!」

と、叫んで実家に帰ってしまいました。
寺のパパは出戻りの娘を優しく迎い入れこう言いました。

「こうなることはわかっていた。だからパパは反対したんだよ。ともかく戻ってきて良かった。お帰り」

その頃世間はホリエモン逮捕で持ち切りでした。だから娘が帰ってきてパパはホッと胸を撫で下ろしました。そして今度自分の優秀な部下とでもお見合いさせようと思いました。





結局プレゼントは上げるほうも貰うほうも、その人間性が大切なのです。